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18.便利だなんて思えません!③

Auteur: 鷹槻れん
last update Dernière mise à jour: 2025-07-06 18:00:30

「花々里《かがり》、返事は?」

 有無を言わせぬ調子で畳みかけられて、「はい」としぶしぶ首肯したら、「じゃあとりあえず食堂へ行こうか」って手を引かれた。

「よっ、頼綱《よりつな》っ」

 そんな頼綱に、私は恐る恐る手を引っ張り返しながら声をかける。

 み、御神本《みきもと》先生。ここにいらっしゃる皆さんが見ておられますよ?

 私みたいな乳臭い小娘の手を引っ張って歩いて、大丈夫ですかっ?

 そう、視線で訴えたけれど、逆にニヤリと不敵に微笑まれて。ばかりか、グイッと強く手を引かれて、よろけたところを当然のように抱きとめられてしまった。

「ひゃっ! ひょ、頼綱っ」

 気が動転するあまり、頼綱と呼べなかった私を完全無視して肩を抱いたまま、頼綱が颯爽とロビーを突っ切って行く。

 みっ、皆さんの視線が痛いですっ、頼綱坊っちゃまぁぁぁぁーっ!

***

 食堂は職員のみではなく、この病院を訪れた全ての人が利用出来るみたいで、昼時を過ぎたこんな時刻にも関わらず、思いのほか賑わっていた。

 と言っても、やはり一般利用者と思しき面々は昼食というよりティータイムに近い様相で、コーヒーや紅茶と一緒にケーキなどを食べている人が多い。

 代わりに頼綱みたいにドクター然とした人たちや、ナースさんたち――白衣やネームプレートで分かる――は、一様に遅めの昼食といった雰囲気。

 支払い時に、職員はツケがきくみたいで、頼綱もお金を支払わずに職員証のバーコードをスキャンしてもらっていた。

 どうやらそうすることで、職員割引も適応されるらしい。

 私のためのミルクティーも頼綱のランチと一緒にレジを通してもらって、渡された食券と引き換えにレジ側の受け取り口で注文の品を受け取った。

 そうして今。私たちはやっと、窓に面した席に2人対面で座ったところ。

 遅めのランチ――ささっと食べられるように親子丼を選んだみたい――を頼綱が摂るのを見ながら、私はホカホカと湯気の燻るミルクティーをすする。

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  • そろそろ喰ってもいい頃だよな?〜出会ったばかりの人に嫁ぐとか有り得ません! 謹んでお断り申し上げます!〜   32.Epilogue(完)

    熱々の鰻をアルミホイルごとそっとまな板に移して包みを解くと、火傷しないよう気を付けながら1.5センチ幅に切って、添付されていたタレをたっぷり掛ける。 ――んー、美味しそうっ! 手についたタレを舐めたら、すっごく愛しい味がして、生唾がじわりと口の中にあふれた。 あ、やばいっ。 またきた! 振り返りざま、椅子の背もたれをギュッと握って手指に力を込めながら、 「よ、りつ、なっ、そ……このラッ、プ、切っ、てくれる?」 私たちの迫力に押されて呆然と立ち尽くす頼綱《よりつな》に、痛みでフルフル震える指でラップの細長い箱を指し示したら、頼綱が慌てて動いて。 そうしてラップの箱を手に、「どっ、どのくらい?」とか。 ――頼綱さん、まさかそれ、切る長さを聞いていらっしゃいます? 一口サイズの手毬《てまり》おむすびを作りたいので、「20セ、ンチくら、いっ」と声を絞り出すように言ったら、頼綱ってば、私の様子にオロオロしてか、今度はなかなかラップの端が掴めなくてまごまごするの。 「お貸しくださいまし」 とうとう見かねたらしい八千代さんに、ラップを箱ごと奪われてしまった。 結局、一口サイズの鰻乗せ手毬おむすびは、痛みの合間を縫うようにして頑張った私と、始終テキパキと動く八千代さん2人だけの共同作業で完成してしまいました。 「頼綱《よりつな》坊っちゃま、これからは父親になられるんですから、お家でも花々里《かがり》さんを支えられるよう、もう少し家事も覚えてくださいましね?」 ――わたくしも、いつまで坊っちゃまのお世話を焼けるか分からないのでございますから。 ぽつんと付け加えるように落とされた言葉に、私は胸がキューッと切なくなった。 と、同時。 「イタタタ……」 またしてもお腹が痛くなって、机に手を付いて立ち止まる。 あ、やばい。 陣痛の間隔、10分切ってるかも? 八千代さんに指示されて、お弁当箱につめた手毬《てまり》おむすびを、風呂敷で包んでいる頼綱を横目に……。 「よ、り、綱っ……お願っ、そろそろ、病《びょぉ》……い、んっ」 ギュッと手に力を入れながら、涙目で彼を振り仰いだ。 頼綱はそんな私をサッとお姫様抱っこの要領で抱き上げると、今包んだばかりのおむすびを手に、「行って

  • そろそろ喰ってもいい頃だよな?〜出会ったばかりの人に嫁ぐとか有り得ません! 謹んでお断り申し上げます!〜   32.Epilogue⑨

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  • そろそろ喰ってもいい頃だよな?〜出会ったばかりの人に嫁ぐとか有り得ません! 謹んでお断り申し上げます!〜   32.Epilogue⑧

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  • そろそろ喰ってもいい頃だよな?〜出会ったばかりの人に嫁ぐとか有り得ません! 謹んでお断り申し上げます!〜   32.Epilogue⑦

    予定日を5日ほど過ぎた、快晴予報の朝。 その頃にはさすがに仕事も産休に入っていて、家でのんびり過ごさせてもらっていたのだけれど、私ってば夏の暑さにもお腹の圧迫にも負けず、食い意地が元気に健在で。 食べ悪阻《つわり》こそ妊娠中期の半ば頃には落ち着いたけれど、食欲は衰えなかったから我ながら凄いって思った。 結果、太り過ぎないよう毎日のウォーキングが日課になって。 最近では夏の射るような日差しを避けて、早朝にお散歩するようにしていたの。 薄暗い日の出前とは言え、歩けばそれなりに汗をかいて。 それを流したくてシャワーを浴びるために服を脱いだら下着を薄らと汚す〝おしるし〟に気が付いた。 「わわわ、ついに!?」って思いながらも、冷静にシャワーを浴びて。 髪をタオルドライしながら頼綱《よりつな》に、「おしるしが来たからそろそろかも知れない」って話したの。 私がそう言った途端、ソワソワしながら「何かあったらすぐに連絡するんだよっ? いいね!? 分かったね!?」って、目に見えて狼狽《うろた》える頼綱に、いつも仕事で赤ちゃんを取り上げていても、いざ我が子のこととなるとただの心配性のお父さんになっちゃうんだなぁって可笑しくなった。 「そんなに心配しなくても大丈夫だよ?」 ってクスクス笑いながら言ったら、 「俺が心配してるのは……子供のことももちろんだけど、1番は出産を控えた花々里《かがり》のことだからね?」 って眉根を寄せられた。 こんな時まで私をドキドキさせてくれるとかっ。 うちの旦那様は溺愛が過ぎて困ります! そう思いつつも照れながら「ありがとう」って言おうとしたら、頼綱《よりつな》が「今夜の当直は杉本先生だけど、もし日付がズレたらその限りではないと言うのが気になって仕方がないんだよ」とつぶやいて。 「えっ!? ちょっと待って、そっちなの!?」 1番に心配しているって言ってくれたから、私の身体のことかと思いきや、「それは言うまでもないことだろう?」らしい。 頼綱としては、私が臨月に入った辺りから、お産は院長先生や浅田先生には任せたくないという思いが強くなっていたみたいで。 「杉本先生が当直じゃない日にキミが産気づいたら……その時は誰がなんと言おうと僕が取り上げる。それだけは了承しておいておくれね

  • そろそろ喰ってもいい頃だよな?〜出会ったばかりの人に嫁ぐとか有り得ません! 謹んでお断り申し上げます!〜   32.Epilogue⑥

    「あとは――野菜スティックとかモグモグするのもありかも?」 何の気無しに言ったら、頼綱《よりつな》が瞳を見開いて。 「それはまた、肉食の花々里《かがり》にしては珍しくウサギみたいなことを言うね」 って笑うの。 に、肉食って! 確かにお肉もお魚も大好きだけど、私、お野菜も好きなのにっ。 「ウサギでも何でも構わないのよぅ。なるべく太りにくい食べ物をムシャムシャしたいのっ」 力説して眉根を寄せる私に、「〝Auberge《オーベルジュ》 Vie de lapin《ヴィ・ドゥ・ラパン》〟に連れて行った時、キミが兎《ウサギ》より鰻《ウナギ》がいいってゴネたのを思い出すよ」って頼綱が肩を震わせて。 |羽の生えたうさぎ《ル・ラパン・エレ》というホテルでデートした時の話だ。 「べっ、別にゴネたりなんかしてないよ?」 唇をとんがらせて言ったら、「そうだっけね?」と意味深に視線を流される。 あの日、ホテル内にあったお洒落なお店の前で、「Vie de lapin《ヴィ・ドゥ・ラパン》は、フランス語でウサギ生活という意味だよ」と教えてくれた頼綱《よりつな》に、ウサギからウナギを連想した私が、「鰻《うなぎ》は何て言うの?」って聞いたら「anguille《アンギーユ》」だと教えてくれて。 うん、私、その時、「ウナギ生活《ヴィ・ドゥ・アンギーユ》!」って言ったんだよね。 因みにAuberge《オーベルジュ》はレストランっていう意味だと解説された私は、ウサギのイメージが強過ぎて「野菜料理ばかりは嫌だよ?」って心の中で思ったの。 けど、今の口ぶりからすると、頼綱は全部お見通しだったのかも? くぅ〜。 記憶力良すぎも、察しの良すぎも、やっぱり何だか腹立たしいですっ! *** 妊婦健診は、最初に妊娠を確認して頂いたとき同様、うちの病院の紅一点、杉本先生にお願いしています。 やっぱり頼綱《よりつな》にっていうのはいくら夫とはいえ――いや、夫であるがゆえに?――恥ずかしかったし、ましてやお義父《とう》さまや、同僚の男性医師に、なんていうのは論外でっ。 お腹の上から経腹《けいふく》エコーが掛けられるようになってからならまだしも、初期の経膣《けいちつ》エコーの時はさすがにちょっと、と思ってしまったの。 「――それでい

  • そろそろ喰ってもいい頃だよな?〜出会ったばかりの人に嫁ぐとか有り得ません! 謹んでお断り申し上げます!〜   32.Epilogue⑤

    お腹の中、食い意地の虫とちっちゃなちっちゃな赤ちゃんが、ミルクを酌み交わしながらおしゃぶり片手にどんちゃん騒ぎをしているのを想像してブルっと身震いしたら、頼綱《よりつな》が「何を想像したの?」って聞いてきて。 涙目で「私のお腹の中で腹ペコ虫と胎児がミルクで酒盛りしてるのっ」って訴えたら、変な顔をされてしまった。 「花々里《かがり》が飲まなきゃ中の住人も酒盛りは出来ないと思うよ? ――っていうか、それ。そもそもミルクなの、酒なの? ねぇ花々里。まさかと思うけど、僕に内緒で飲酒とかしてないよね?」 突然私が支離滅裂なことを言ったりしたから、もしかして酔ってる?って疑われてしまったのかも? 「飲んでなんっ、……んん!」 飲んでなんかいないよ?って言おうとしたら、言葉半ばで頼綱に深く口付けられて。 まるでお酒をたしなんだりしていないことを確認するみたいに口の中を探られた上、「……甘い」とつぶやかれて「よしよし」と頭を撫でられた。 よ、頼綱の馬鹿っ。イメージの話だったのに、なに真に受けちゃってんのよ! びっくりしたじゃないっ。 照れ臭さにそわつく私をよそに、頼綱はケロリとした顔をして、「僕としてはご馳走出来る食いしん坊さんが増えるの、今から楽しみで堪らないんだけどね」って心底嬉しそうに私のお腹に触れてくるの。 頼綱めっ。 この子が育ち盛りになった時、エンゲル係数が跳ね上がってピィーピィー泣く羽目になっても知らないんだからね!? 村陰家《むらかげけ》直伝《じきでん》の食いしん坊遺伝子、舐めんなよーっ!? *** 「食事は八千代さんにも協力してもらって、なるべく少量を小分けに摂るようにしてるだろう?」 頼綱《よりつな》の言葉にうんうん、とうなずく。 途端込み上げてきた何となくしょっぱい生唾に、口元を押さえて立ち止まる。 うー、まずい。 なんかまた気持ち悪くなってきた……。 「頼綱……。飴玉……」 言ったら、スーツのポケットから取り出した飴を、「ゆっくりお食べ」って包みをほどいてそっと口に入れてくれる。 飴。自分で持っていたら、つい高速でコロコロコロコロ転がして次々に食べてしまうから、一緒にいる時は頼綱に管理してもらっているんだけど。 「あ、この味。懐かしいっ」 出会っ

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